アメリカ・カスケード山脈・レーニア山

山域/山名●カスケード山脈・レーニア山(4392m)
ルート名●ディスアポイントメント クリーバールート
ルートグレード●2級
最高ピッチグレード●Ⅲ
日程●2015年8月8日~15日(登山期間は8月10日~11日)

発端

 2015年のゴールデンウィークは、久し振りに岳獅会のメンバーと山に向かった。その時一緒だったOより、夏にレーニア山を登る計画を考えていると聞いた。レーニア山は標高4392m。アメリカ西海岸に南北に連なる、カスケード山脈の最高峰で、現地に住む日系人には“タコマ富士”とも呼ばれている。とても形が良く、私も一度は登ってみたいと思っていた山だ。

 登山日程は、Oの勤務の都合により、お盆を中心とした9日間程度になる見込みとのこと。登山ガイドを仕事とする私には、繁忙期とも言える期間であり、どうしようかと思ったが、思い切ってその場で同行する旨を伝えた。

コースの概要

 レーニア山の登山コースはいくつかあるが、今回はもっともポピュラーな、ディスアポイントメント クリーバールートを選んだ。「ディスアポイントメント クリーバー」というのはコースの中間部に現れる岩稜の名称で、訳すると「絶望的な包丁」といった意味合いらしい。大山の縦走路を想像してしまったが、実際は砂利と露岩が入り混じった急斜面で、際立って難しいことはなかった。

 登山の行程は、登山口からベースキャンプとなるキャンプミュアまで入り宿泊。翌日、頂上をピストンして、そのまま2日目のうちに登山口まで戻るというパターンが多いようだ。

 コース内容は、キャンプミュアからはまずコーリッツ氷河を横断。その先で地面の出たカシードラルギャップというコル状の地形を進み、こんどはアイスフォールの下を通るイングラハム氷河を横断。その先でディスアポイントメント・クリーバーを登り、最後は上部氷河を登り詰めて山頂クレーター(噴火口)に向かうというものだ。

 特に技術的に難しいルートではないのだが、問題なのは氷河にあるクレバスの通過で、30~40回は渡ることになる。概ね簡単にまたぐことができるが、中には気合を入れてジャンプしなければいけないくらいの幅のものもある。また特に大きく開いている4箇所には、橋が架けてあった。ただし橋とは言っても、いずれも幅の狭い板が渡してあるだけで、足元に空いたクレバスの中は深い。まるで綱渡りのような感じで渡ることになり、非常に緊張した。

準備

 アメリカの山を登るには、まずは航空券を取得しなければ始まらない。海外旅行最盛期の登山となるため、ゴールデンウィークの山行後、ただちに航空券を手配。期間は8月8日出発、15日帰国の8日間とした。さらにレンタカーの予約も済ませてしまう。
 続けて、山中でテント泊するためのウィルダネスパーミットの予約、およびクライミングパスの申請も必要となるが、こちらの手続きもすべて5月中に済ませた。ウィルダネスパーミットは、8月10日から12日までの3日間とした。

 なお、これら手続きや現地でのやり取りはすべて、英語が堪能なOに対応してもらった。特にウィルダネスパーミットとクライミングパスは、すべて英語で処理しなければならないのでとても助かった。

 さらにパスポートの残存期間を確認し、アメリカ入国時に必要となるエスタ、運転免許証の翻訳申請(アメリカのアラモレンタカーを利用する場合、国際免許よりも割安になる)、海外登山に対応する山岳保険の加入手続きなどを各自で進める。

 またレーニア山の登山では氷河の通過が避けられない。氷河を歩く際に一般的な、N型アンザイレン法を事前に3人で練習したかったが、私が遠隔地に住んでいるためできず、資料を配布して各自必要装備を用意し、システムを理解するようにしておくのみにとどまった。

 標高も4300mを超えるため、出発の1週間程度前に高所順応として富士山に登っておくのが理想だったが、中国地方に住むN、Oは時間がとれずできなかった。いっぽう私は、ちょうど8月1日に富士山の山頂に立つツアーガイドの依頼が入ったため、その業務をこなしつつ高所順応も兼ねることができた。

出発

 出国日となる8月8日は、早めに東京駅に集合。成田エクスプレスで成田空港へ向かう。出国ラッシュの混雑が始まる前に手続きを済ませることができたので、早めに空港に向かったのは正解だった。
 ただし手続きの混雑は回避できたものの、飛行機の機内は定員いっぱいだった。エコノミークラスの座席は狭いうえ、両隣には大柄な白人が座っていて、身動きがとれずとても苦しい時間を過ごした。

 成田を出発したのは、8日の17時。同じ日の午前11時にシアトルのタコマ空港に到着し、そのままただちにレンタカーを借りて、空港を離れた。

現地での準備

 レンタカーで空港を離れてすぐ、シアトル市内のスーパーマーケット・フレッドマイヤーで食材を購入。翌日9日から最終下山日となる12日までの、キャンプ時の食事、および行動食を買い求めた。以前は東京の物価は世界一高い、とも言われたが、それも過去の話。全般的に、あらゆるものが日本国内よりもやや高めだったと思う。品揃えは豊富で、特に野菜や果物は充実していた。

 その日はマウントレーニア国立公園の手前の小さな町で宿泊し、翌日公園ゲートを通過して、レーニア山の登山口へ。大山で言えば大山寺にあたるこの場所は、“パラダイス”と呼ばれビジターセンターやホテルが並んでいた。我々は少し奥まった場所にある、ガイドハウスに出向き、翌日10日から登ることを伝えて、予め日本へ郵送されていたクライミングパスを登録し、予約していたウィルダネスパーミットを発行してもらった。

 その後は少し下って、クーガーロックキャンプ場へ移動。夕食までに時間があったため、氷河からの自己脱出の手順を確認した。

アプローチ

 日の出の少し前に、クーガーロックキャンプ場を出発、パラダイスのガイドセンターへ。レンジャーが出勤するのを待って、天気予報を見せてもらう。決定的な悪天候にはならないことを確認した上で、登山スタート。

 出だしは、スカイライントレイルというハイキング道を進む。途中にはヤナギランのような高山植物の花が咲き、またマーモットやリスといった動物が歩き回っていて楽しい。道は平坦でとても歩きやすいが、平行して延びるハイキング道が複数あって、交差するところではやや解りにくいところもある。

 途中で小沢を横切ると、ミュアスノーフィールドと呼ばれる広大な雪原の末端となる。ここからは登山者の領域であり、露岩帯を伝ったり、雪原上のトレースをたどったりしながら登っていく。

 ちなみに今回は、クライミングセンターのレンジャーからの情報でテントは持たなかった。ベースキャンプとなるキャンプミュアの利用者が少なく、避難小屋が使えるはずだと言われたからだ。ミュアスノーフィールドを登っていくと、周囲には思った以上の登山者の姿があって少し心配になったが、避難小屋に着くと確かに少し余裕があるくらいの利用者の数だった。
 夕方、氷河の雪のきれいなところを取ってきて水を作り、早めの夕食をとってまだ明るい18時半にシュラフに入った。

登頂

 22時、避難小屋に泊まっていた他の登山者たちが、出発準備を始める音で目が覚めた。外に出たNが風はない、星も出ていると言う。我々も動くことにする。
 シュラフやマットを畳んで、ロッカー状のボックス内にデポ。お湯のみ作って、あとは各自で簡単な食事。まだ早いような気もしたが、23時半にはもうやることがなくなり、待っていても寒いので出発を決める。ハーネスを着用し、コーリッツ氷河の脇に降りてアイゼンを装着。ロープも結び合って、23時45分に歩行開始する。

 氷河上は、トレースがあるのでそれをたどる。すぐに広く深いクレバスが現れるが、通過しやすい部分に目印として小さな旗が立てられており、そこから渡る。その後も次々と現れるクレバスを、同様に渡っていった。

 コーリッツ氷河を抜け出るところでルートミスをし、少し下って雪のないカシードラルギャップへ。アイゼンを着けたまましばらく歩き、足元に雪が現れたと思ったらそこは既にイングラハム氷河だった。

 やがて最初の橋で広いクレバスを渡り、前方の斜面を大きくジグザグを描いて進むと再び地面に上がった。これがディスアポイントメント クリーバーだ。ガレ場と岩場の入り混じった急登が続く。傾斜が緩んで左にトラバースするようになったところで小休止。この先でいよいよ上部氷河へと入り込む。

 上部氷河は左へどんどんトラバースするように進む。やがて傾斜が強まる辺りで、先行パーティの末尾に追いつくようになってきた。斜面にはフィックスロープが張られ、それを伝って登っていく。広いクレバスが現れ、2つめ橋が架けられていた。標高はその辺りで、ちょうど富士山と同じくらいだ。

 トラバースはまだまだ続き、なかなか標高が稼げない。やがてルートは、左手のセラック帯の中を進むようになった。崩れた氷河の一番高い辺りに幅広のクレバスが開いていて、そこに3つめの橋が架けられていた。

 間もなく、太陽が登ってきた。レーニア山で迎える日の出は格別で、カメラのシャッターを切る。
 ここからの上部斜面が、体力的には一番苦しかった。微妙な頭痛、吐き気といった高所反応が感じられたため、悪化させないよう、大きな呼吸を心掛ける。

 その先で、コース中では最も幅広いクレバスが現れた。上に乗るとしなる、細い板が一枚渡されているだけで恐ろしいが、これを渡らなければ頂上へは行けない。各自ビレイをした上で、意を決して渡った。その後間もなく、登頂してきた先行パーティとすれ違い、それからわずかで、山頂の外輪山に出た。

 しかしこの時点で、急速に天候は悪化。Nも高山病気味で、これ以上は標高を上げたくないという。最も高いコロンビア・クレストは外輪山の反対側であり、時間がかかるので断念することにして、外輪山に囲まれた山頂クレーターの底に降り立ったところを到達点する。富士山で言えば、吉田口頂上には立ったものの、剣ヶ峰には立っていないのと同様だが、やむを得ない。手早く水分と行動食をとって、すみやかに下山を開始した。

下山

 長く感じた頂上直下の斜面も、下りはあっという間だ。
 しかし3つ目の橋があったセラック帯を、明るい状況でじっくり見ると、かなりの悪絶さだ。橋を渡ってからヤセ細ったスノーブリッジを渡る場面はとても緊張した。

 フィックスロープを伝う急斜面の区間は、思ったほど危険も感じずに下ることができたものの、足元に広がるのは、険悪とも言えるクレバス帯の景観だ。まさかこんな景色の中を登ってきただなんて、思いもよらなかった。不安定なセラックの下を通過し、迷路のようなトレースを歩いて、その先のディスアポイントメント・クリーバーも下降。イングラハム氷河に降り立って、アイスフォールの末端部の通過しきると、後は比較的危険は少ない。

 最後はカテードラルロック、コーリッツ氷河を横断して、キャンプ・ミュアへと戻った。
ここでデポ品を回収し、さらに長い下山路へ。ミュアスノーフィールド、スカイライントレイルを下ってパラダイスに降り立ったのは日没直後。19時間に及ぶ行動時間となった。

最後に

 最高地点、コロンビア・クレストに立てなかったのは残念ではあったが、とても充実した登山だった。特に圧巻だったのは氷河の景観であり、威圧的にも感じられた神秘的な氷の回廊を進むコースは、とても興味深いものだった。
 技術的には思ったよりも容易に感じたが、これはあくまでも、現地レンジャーによって丁寧なマーキングがされ、橋などの整備がされてのことだ。もし何もなかったとしたら、ルートファインディングも含めて、相当に困難な登山になると思う。

 なおレーニア山から下山後は、以前近くのポートランドに留学していたというOの案内で、セントヘレンズ山、フッド山の山麓に出向いたり、大手アウトドアショップ・REIを訪ねたりした。夏の仕事をキャンセルしてでも行く価値のあった、充実した8日間だった。

(岳人集団 岳獅会 会報『岳獅』第50号より)