志半ばで消えていった、6人の冒険者たち。

6年前の連載に大幅加筆をした一冊

 今から6年前となる2012年の『山と溪谷』に、「冒険者の墓碑銘」というタイトルの記事が12回に渡って連載されました。これは、大きな成果を残しながらもその次のステップを目指す途中で遭難し、目的を完遂することなく命を閉じてしまった登山家や冒険家たちへの、哀悼の思いを綴ったエッセイでした。
 この連載の著者は、1990年代に『山と溪谷』の編集長を務めていた神長幹雄。神長氏は以前にも同様のテーマの、『運命の雪稜』という印象深い本を出していたことから、私はこの連載にも注目し、毎回、愛読していました。
 そして今年、「冒険者の墓碑銘」のうちの植村直己、長谷川恒男、星野道夫、山田昇、河野兵市、小西政継の6編をとり上げたものが、『未完の巡礼』として一冊の本にまとまりました。連載時の文章に、大幅な加筆と訂正が加えられ、ほぼ書き下ろしに近い内容になっているとのことでしたので、早速入手し読み進めました。

登山者のブックシェルフ第21回
『未完の巡礼』の表紙は、星野道夫氏が撮影した写真です。右の『運命の雪稜』も併せて読むと、海外の山を目指す登山家や冒険家のことを、より深く知ることができるでしょう。

忘れてはいけないパイオニアたち

 本書の特徴は、亡くなった冒険者たちの、単なる評伝ではないことです。『山と溪谷』の編集に携わっていた神長氏は、とり上げたすべての人と面識があり、実際に会ったときのエピソードを軸としてそれぞれの人物の個性を記しているので、意外な発見が随所に見られます。例えばアラスカのイメージが強い動物写真家の星野氏と神長氏が、新宿南口でばったり会って居酒屋で盛り上がったエピソードは予想外の展開で、なかなか愉快です。
 もう一つの特徴は、この本は神長氏自身の旅の、紀行文でもあるということです。とりあげた冒険者の過ごした土地や、冒険の場だった山に神長氏は足を運び、ときには彼らとゆかりのある人々と言葉を交わし、かつての冒険者たちに思いを巡らせているのです。『未完の巡礼』というタイトルには、志す旅を完遂できずに途中で力尽きた冒険者たちへの愛惜の思いに加え、彼らを追悼する神長氏の巡礼の旅も、その途上であるという意味が込められているのでしょうか。
 そしてこの本が、今のこのタイミングで発表されたことには、大きな意義があるといえるでしょう。というのもこれら冒険者たちのことが、次第に忘れられつつあるように感じるからです。例えば日本の登山界に最大級の影響を与えた小西氏のことは、この「登山者のブックシェルフ」の第6回でもとり上げています。ところが最近登山を始めた人に小西氏の本を読むよう勧めても、「名前を聞いたことがない人なのでまたにします」とあまり興味がない様子。小西氏だけでなく、登山や冒険のノウハウを開拓し、魅力を伝えてきたこれらパイオニアといえる人々のことは、忘れることなく、次の世代に伝えていかなければならないと強く感じます。今こそ、多くの人に読んでほしいと思うのです。
 また「冒険者の墓碑銘」にとり上げられながら、『未完の巡礼』には載らなかった加藤保男、難波康子、高見和成、尾崎隆、広島三男、吉野寛の6名も、日本の登山史の中では非常に重要な役割を果たしてきた方たちです。いずれ続編といった形で、こちらも一冊にまとまることを期待しています。

(『週刊ヤマケイ』2018年7月19日配信号に掲載)