イラストで描かれたユニークな避難小屋ガイド。

全国の避難小屋を取材した労作

 イラストレーターで登山ガイドでもある橋尾歌子さんが、『山と溪谷』に2014年4月号から連載してきた「それいけ避難小屋」。今年の5月号で連載は終わってしまったのですが、このたび、それを一冊にまとめた単行本が出版されました。
 この本に取り上げられている“避難小屋”というのは、全国の山岳地帯に設置されている山小屋の一種で、名前通りに緊急時の避難を目的とした小規模なものや、営業小屋やキャンプ地のない山域での登山者の宿泊の便宜を図るためのものまで、タイプはさまざま。そして一部の例外はあるものの、多くは登山コースの中でも少し不便な、山深さを感じる場所に設置されている、一般に開放された建物です。
 連載は丸4年に渡っていて、橋尾さんはその間、毎月1回のペースで各地の避難小屋を訪ねていたことになります。しかも取材目的で手早く様子を見に行っただけ、ということはなく、周辺の魅力的なコースをたどって山頂にも立ち、その上で避難小屋に出向いているのは凄いことです。
 さらにその登山の内容も、女子の山仲間との気軽な山歩きから、ハードな雪山登山まで多種多様。イラストでさらりと書いているので見落としそうですが、越後駒ヶ岳の金山沢奥壁第4スラブのように、並のクライマーでは手が出せないような高難度のものも混じっていて、橋尾さんの登山スタイルの幅広さとレベルの高さが、わかる人にはひしひしと伝わってくるでしょう。
 そしてそれらをイラストに描き起こし、解説する文章も書くのです。毎月の苦労は、並大抵のものではなかっただろう、と推察します。

登山者のブックシェルフ第26回
可愛らしい装丁の『それいけ避難小屋』。色使いがカラフルで、書店の山岳書コーナーではとても目立ちます。

一冊にまとまってほっこり感がアップ

 さて仕上がった本を手にとってみると、表紙は明るい色をベースとしつつも、本文中から抜粋したイラストが散りばめられていて賑やか。ページをめくって目次を見ると、北は東北北部から南は四国まで、51軒もの避難小屋の名前が並んでいます。
 本文は1つの小屋に4ページがあてられていて、最初の2ページはカラー。右には山小屋の内部を図解した大きなイラストが入り、左には取材山行時の出来事を、マンガとはまた違ったコミカルさで描いたイラストで再現しています。
 続く2ページはモノクロで、その避難小屋の由来と、山行の様子とが簡潔な文章で記されています。
 本当に、上手い!です。見て楽しめるイラストはもちろん、文章のほうも出会った人たちとの交流を軸にして書いていて、読むと心が温かくなるような、幸せな気分になってきます。このほっこりするような幸せ感は、連載中にも感じましたが、一冊の本の形で連続して読み進めることにより、一層強まった印象です。
 橋尾さんの、山と登山者とに対する愛情が伝わってきて、自分の気持ちまでもがポジティブになってくる感じがします。手元に置いて、何度も読み返したくなる一冊です。もちろん避難小屋の状況を記録した資料としても、一級品だと言えるでしょう。
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 ところで昨年10月5日配信の『週刊ヤマケイ』に、第1回目が掲載されたこの「登山者のブックシェルフ」も、第26回目となる今回が最終回となります。1年間に渡ってお読みいただき、ありがとうございました。
 思い返せば、この連載のお話をいただいたのは昨年4月のこと。当時手掛けていた電子書籍について、編集部の佐々木惣さんと打ち合わせをする中で、山の本のことを書いてみませんかと、打診されたのです。本好きの私は、喜んでその場で引き受けたのでした。
 それでも私の仕事は登山ガイドです。山に出向くことが非常に多く、引き受けたにも関わらず、書く時間がなくて慌てたこともありました。しかし何とか、予定回数まで書き上げることができてほっとしています。
 ちなみに私は、今回紹介した橋尾歌子さんとは、とても親しい飲み友達です。連載の最終回に、出版したての橋尾さんの本を紹介することができたのも、嬉しいことです。そして『それいけ避難小屋』には、私も登場しています。ぜひお買い求めのうえ、私の姿も探してみてくださいね。

(『週刊ヤマケイ』2018年9月27日配信号に掲載)