剣山●徳島  重量感ある山容 豊かな森林

 四国第2の高峰である剣山は、登山の対象として見た場合、何とも微妙な立場の山であるように感じられる。“剣”という名前からすると北アルプス剣岳のような姿形を想起してしまいがちだが、こちらはなだらかで、登高意欲を高められるような鋭さには欠けている。そして四国の山岳はかなり稜線に近い地点まで、舗装された車道が走っている場合が少なくないのだが、ここも例外ではなく、標高1400mの登山口まで観光バスが入ってくる状態となっている。さらにそこから1700mの地点まで登山リフトが通じており、頂上までの標高差は残り250mあまり。一般の行楽客でも、1時間もかからず頂上へ達することができるのだ。したがって剣山というのは登山の対象というよりは、観光地と呼ぶほうがお似合いの、そんな雰囲気を持つ場所となっている。
 またこの山は深田久弥の『日本百名山』にも加えられており、百名山全山登頂を目指す登山者も数多く訪れる。そういう人たちにとってはあまり手間のかからない、“お買い得”な山と認識されているようで、みな最短コースを半日もかからぬ時間で往復し、次の山を目指して足早に立ち去っていくという、何とも味気ない登り方をされている山なのだ。
 しかしそういった人間側の都合を度外視して山そのもの見ると、この剣山はなかなかの魅力を持っているのではないか。鋭さはなくともどっしりと重量感のある山容、山肌を覆う豊かな森林、点在するユニークな石灰岩の露岩、あちこちに群落を作って咲き誇る山の草花、そして優美とすらいえる頂稜部に広がるミヤマクマザサの草原…。他と比べても決して見劣りのしない、第一級と評することができる山だと思えるのだ。
 ここではそういった剣山の魅力を味わうコースとして、見ノ越を起点に次郎笈、剣山、一ノ森を登る周回縦走コースを紹介したい。3つの頂上を越えるものだが決してロングコースではなく、危険箇所もないので初めて剣山を訪れる者でも無理なく歩けるだろう。

剣山
なぜこんなところに?とびっくりするくらい大きなお塔岩。石灰岩の岩峰だ

『天涯の花』の舞台に

 ところでこの剣山は、宮尾登美子の小説『天涯の花』の舞台になったことでも知られている。剣神社の宮司を務める老夫婦に養子として迎えられた少女の成長する姿と、初々しい恋愛がテーマとして描かれているのだが、山が舞台ということで登山シーンも随所に現れる。まだ車道が開通する前の見ノ越へ至る山道歩きの様子や、剣山や次郎笈への山登り、さらには一ノ森での測候所職員の雪崩による遭難など、山岳小説としても読み応え十分だ。剣山登山に向かう際には、ぜひ事前に一読されることをお勧めしたい(1999年にはNHKでテレビドラマも放映された。ロケは実際に剣山で行われている)。
 さて登山口である見ノ越へは、マイカーで行くのが一般的。夏山シーズンに限って、JR徳島線貞光駅から乗り換え1回を要するバスも運行される。
 見ノ越からは登山リフトも利用できるが、大した距離ではないので歩いて行こう。リフト乗り場からわずかに下って、鳥居のある階段を登ると、剣神社の境内となる。一角には『天涯の花』の碑も立てられている。そこから登山道に入ると、途中小さなトンネルでリフトの下を潜ったりしながら林の中を登って西島キャンプ場、さらに一段登ってリフト終点の西島駅となる。展望の良い場所であり、遠くには秀峰・三嶺の姿を見ることもできる。
 この西島駅から登山道は3つに分かれるが、最初に登る次郎笈へは右手の道を進む。途中大剣神社の下で御神水を示す分岐が現れるので、寄り道してみよう。日本名水百選に選ばれている湧き水で、一口飲めば10歳若返る?とも言われているそうだ。
 先に進んで振り返ると、一段高い位置の大剣神社の手前に屹立する大きな石灰岩峰が目に入る。お塔岩と呼ばれる御神体だ。剣山の諸説ある山名由来には、このお塔岩が剣のように見えるためというものもあるが、こうやって見ると納得のいくものだ。
 さらに進むと大きく次郎笈の姿が迫り、剣山との稜線上の道と合流する。ミヤマクマザサに覆われた美しい尾根道を進むと次郎笈峠となり、急登をひとがんばりすれば次郎笈頂上へ着く。展望抜群の素晴らしい山頂だ。
 頂上からはほんの少し戻って西に回りこむ北斜面のトラバース道を進んでみよう。次郎笈水という湧き水で喉を潤すこともできる。

剣山
次郎笈北面のトラバース道から見た剣山

展望すばらしい「平家の馬場」

 次郎笈峠まで戻ったら来た道を引き返し、分岐からは剣山の頂上を目指す。たどり着いた頂上は「平家の馬場」と呼ばれる草原となっており、一帯には植生保護のため木道が設置されている。展望は非常に良く、西には登ってきた次郎笈、東にはこれから登る一ノ森の全容を見渡すことができる。視界が良い日であれば、北に遠く離れた中国地方最高峰・大山の姿も見ることができるかもしれない。三角点は相撲の土俵を思わせる丸い石積みに囲まれ、しめ縄が巻かれて大切にされている。
 少し下がったところには、既に廃止されている測候所跡がある。この測候所は富士山山頂のものに次いで、日本で2番目に高いものだったという。さらに左手大岩の脇の階段を降りると、剣山本宮や頂上ヒュッテなどの山小屋もあるので、立ち寄るのも良いだろう。
 一ノ森へは東に進み、広い木道末端から登山道に降りる。一旦下って登り返すと、シコクシラベに囲まれた小さな二ノ森の頂上。少し下った左手には、『天涯の花』にも取り上げられた測候所職員の殉難碑が現れる。その先で一ノ森ヒュッテに向かう道を左に見て、尾根を直上すれば一ノ森頂上だ。ここも展望の優れた山頂であり、登ってきた稜線を一望できるため、達成感が感じられるところだ。

剣山
剣山頂上やや下から次郎笈を見る。ミヤマクマザサに覆われた美しい山容だ

キレンゲショウマの群落

 一ノ森からは来た道を戻り、殉難碑の手前で行場コースに向かう。追分への分岐点を過ぎれば行場の一角。岩壁の下に祀られる、質素な佇まいの両剣神社、古剣神社の下を横切るように進むとその先はややきつい登りとなり、点在する階段を通っていくのだが、これが何やら登りにくい構造となっている。テキサスゲートと呼ばれるもので、人は通れるが、なぜかシカは通り抜けることができない不思議な階段なのだ。
 ここ剣山も日本各地の多くの山岳と同様に、ニホンジカによる食害が大きな問題であり、貴重な植物が減少する事態となっている。現在、駆除方法が研究中のようだが、ダメージが深刻化する前に適切な対策がとられることを期待したい。
 なおこの行場一帯は、花の多い一角としても知られている。特にテキサスゲート付近は、『天涯の花』そのものである、キレンゲショウマの群落が点在しているところだ。キレンゲショウマは作品中では月の色に喩えられる、淡い黄色の美しい花で、花期は8月上旬頃。ただし近年は大変に人気があり、群落地は登山リフト終点から近いこともあって花の時期は大賑わいになるようだ。
 テキサスゲートを過ぎると道は平坦になり、メインコースの“刀掛の松”の地点に出る。これを下れば登山リフト西島駅の裏手に着くので、あとは往路を下って見ノ越に戻ろう。
 観光地みたいだということで、これまでこの剣山を敬遠してきた登山者も少なくないと思うが、今回ご紹介したものは四国の山の魅力が凝縮されたコースだ。ぜひ機会を作って、一度は足を運んでみていただければと思う。

剣山
白骨樹が点在する一ノ森頂上付近

DATA

参考タイム●見ノ越(50分)登山リフト西島駅(1時間30分)次郎笈(1時間)剣山(50分)一ノ森(1時間10分)刀掛の松(10分)登山リフト西島駅(40分)見ノ越
アクセス●見ノ越へはマイカーで向かう。徳島自動車道美馬ICから国道438号で、約1時間30分。駐車場は登山リフト駅周辺にある。バスは7月下旬から8月下旬頃の土・日・祝日に1日3本のみ、四国交通バス(℡0883-72-2171)と貞光タクシー(℡0883-62-3166)による共同運行がされる。JR徳島線貞光駅から四国交通バスでつづろお行きまたは剣橋行きに乗車して終点下車。そこから貞光タクシーのジャンボタクシー(要予約)に乗り換えて見ノ越まで。合計1時間50分。料金は1,840円~1,900円。
問い合わせ●美馬市木屋総合支所℡0883-68-2715、つるぎ町商工観光課℡0883-62-3111

コラム●ミステリーサークル出現

 いかがわしい?話題で恐縮するが、ひと頃騒がれた“ミステリーサークル”というものを記憶されているだろうか? 畑や草原に生ずる不自然な円環模様であり、イギリスを中心とした世界各地で発生したが、人為的ないたずらということが判明して今ではメディアに取り上げられることもなくなった。
 ところがそのミステリーサークルが、この剣山に出現したのだ。場所は3箇所で、山頂の東斜面にあるものが最も顕著だ。他は山頂の西斜面と、一ノ森の手前の行場コース分岐付近にも、それぞれ数個の円環が描かれている。
 本場?イギリスのものに比べると随分シンプルで、あちらは植物を押し倒して作られているのに対し、こちらは円環の部分のミヤマクマザサが枯れて変色した状態となっている。発生したのは昨年夏頃らしいということだ。
 果たしてこれも他と同様にいたずらなのか? 素人目には、これをいたずらで作るにはかなりの大がかりな手間が必要であり、無理であるように思えるのだが…。たいへんに気になるところだが調べる人もなく、残念ながら成因についてのこれといった意見は、今のところ出ていないようだ。

剣山
剣山山頂東斜面のミステリーサークル

※山行日は2009年春から2010年秋の間、DATA等は2011年4月時点のものであり、現在は状況が大きく変わっている可能性があります。出向く際には、必ず最新情報を事前にご確認ください。