身近な2人が書いたワンランク上を目指すための本。

低山であっても手応えを感じるハイグレード・ハイキング

 登山をするなら必修ともされる、地図読みやコンパスワーク、それにロープワーク。ところが整備された登山道を普通に歩いていても、アクシデントに遭遇しない限りは、そういうテクニックがなくても何とかなってしまう、というのが実際のところでしょう。
 登山スタイルの中には、沢登りやアルパインクライミングなど、そういったテクニックを駆使するものも存在します。しかしそのような登山はリスクも大きく、通常はガイドを頼むか山岳会などで指導を受けないと、実践するのは困難です。
 ところが山岳ライターの打田鍈一さんが提唱する「ハイグレード・ハイキング」という登山スタイルであれば、沢登りやアルパインクライミングほどのリスクはなく、地図読みやロープワークを積極的に取り入れた登山を実践できます。もちろん易から難へと、適切なステップアップを心掛けることが前提です。
 そのハイグレード・ハイキングは、低山でありながらも岩やヤブが多い、スリリングな山を対象としています。それを実例を挙げて詳細に解説したのが、打田さんの著書『藪岩魂』です。
 この本に取り上げられているハイグレード・ハイキングのコースは、全部で40。それぞれコースの紀行文と写真、それにガイド文とで構成されています。
 目を引くのは何といっても、打田さん手書きのコース図でしょう。ピークを丸、尾根を太線、崖をギザギザで書き表すシンプルな描画法ながら、とても解りやすくて全体のバランスも絶妙。美的センスすら感じられる、見ていて飽きないコース図です。
 私もこの本を参考に、妙義山塊の高岩や山急山を登ってみましたが、行程は短いものの難易度は北アルプスの剱岳以上で、充実した登山ができました。
 40のコースは妙義山中間道などの初級編、西上州毛無岩などの中級編、さらに西上州赤岩尾根などの上級編に加え、雪山編、息抜き編と、順を追ってステップアップしやすいように分類されています。これらの山の適期は秋から冬、そして春にかけて。取り組むのならば、夏山シーズンが終わりを告げた今こそがベストです。

登山者のブックシェルフ第25回
『藪岩魂』の表紙で満面の笑みを浮かべているのは、もちろん打田鍈一さん。無駄を省いた、合理的なスタイルです。

ステップアップのための登山メソッド

 私が初めて打田さんを知ったのは、1988年の秋でした。当時読み始めたばかりの『山と溪谷』11月号の特集で、サラリーマンをしながら山に向かう打田さんの姿が紹介されていたのです。
 そしてその後も打田さんのお名前は、各種山岳雑誌や書籍で、何度も繰り返し目にしました。ちょっとくだけた調子の、堅苦しさのない文章はとても読みやすく、その割には目指す山の多くがマイナーかつ辛口な岩山。この人はいったいどのような人物なのかと、とても興味を持っていました。
 しかしご本人と初めて会ったのは、それからずいぶん経った2011年1月のこと。紹介してくれる人があり、新宿の居酒屋で2時間ほど、いろいろなお話を伺いました。実際の打田さんは、文章から想像したよりもずっと切れ味鋭い、シャープな印象の方でした。口にされる言葉の節々に、登ることと書くことに対する強い思いが込められていることを感じました。
 ところでそのとき私は、初対面だったにも関わらず、自分も『山と溪谷』に記事を書きたいので取り計らっていただけないか、と打田さんにお願いをしたのです。それはすぐに聞き入れていただいて、早くもその年の4月号には、私が書いた文章が『山と溪谷』に掲載されたのでした。
 そのときの担当編集者が、小林千穂さん。この『週刊ヤマケイ』にも「山書の散歩道」を連載している人気の山岳ライターで、打田さんとも多くの記事をまとめ上げてきた敏腕編集者でもある人です。
 小林さんも著書は多く、その最新のものが『脱・初心者! もっと楽しむ山登り』という本です。副題が「山ガール先輩のクール・メソッド62」となっていることから、女子向けかと思いがちですが、けっしてそんなことはありません。岩稜歩行のコツやリーダーシップのとり方など、男性が読んでもとても役立つ内容です。
 この本を読んでステップアップの考え方を学び、その上で『藪岩魂』に掲載されるコースを目指し経験を積み重ねる、というのは、より充実した登山を目指す方にはとてもお勧めです。

(『週刊ヤマケイ』2018年9月13日配信号に掲載)