出雲北山●島根  古代からの歴史を感じながら

出雲北山
落ち葉がじゅうたんのように敷きつめられた縦走路

 随分と日の短くなってきた秋の夕方、参拝を済ませた出雲大社の大鳥居の前から、一畑電車に乗り込んだ。島根県の松江市と出雲市を結ぶ小さな私鉄電車だ。
 今朝の出発地点である旅伏に戻る道すがら、車窓を流れる暮れゆく出雲の景色を眺めつつ、今日の山行を振り返ってみる。

意外に手ごわい縦走路

出雲北山
旅伏山頂上近くから見た、日本海に面する十六島湾

 今回登ったのは出雲北山。出雲平野の北側に連なる標高400~500m程度の低山なのだが、平野の反対側には日本海の荒波が広がっている、山陰らしさを感じさせてくれる小山脈だ。
 東西に延びるその稜線上と、平野と海岸を結ぶ峠には道がつけられていて、縦横に歩くことができる。しかし標高の低さに似つかわしくなく、思いのほかアップダウンの多い道で、中でも全山を縦走する場合は細かいものを含めると登り下りは数十回にも及ぶ。
 この出雲北山縦走コースを踏破する場合は、途中での宿泊ができないこともあり1日で歩くことになる。わずかなロスでも致命的であり、行程半ばで断念し、途中の峠から下山することになる場合も少なくないという。
 そういった少し難コースとされるこの縦走路を、紅葉の中歩いてみたいと思いたった。同行者を探そうか?とも思ったがやめにして、登山口には一人で向かった。
 自分のこれまでの登山を振り返ると、単独で山に入った経験は少ないほうだと思う。
 登山を始めたての頃は、植村直己の『青春を山にかけて』や新田次郎の『孤高の人』を読んで憧れを持ち、テントを担いで一人山野を歩き回ったこともあった。しかし暗闇に脅かされる孤独な夜は、どうにも性に合わなかった。
 さらに程なく入会した山岳会に、身も心もどっぷりと浸ったことも、それに拍車をかけた。一人山に向き合うよりも、仲間とロープを結び合って、より高難度のルートを登攀することのほうが価値が大きいように感じられたのだ。
 しかしその後、縁があって山陰に住むようになると、次第に単独で山に向かう機会が増えてきた。
 これまで触れることのなかった山々の放つ雰囲気を、先入観なしに感じ取るには単独の方がふさわしいこと。さらに都会と違って渋滞の心配をする必要のない山陰では、車があれば思い立ってすぐに登山口に向かい、気軽に登り始めることができることなど、以前とは山に向かう条件が変わったためかもしれない。また仕事の都合上休みが不規則で、パートナーを求めにくいということもある。

独りだからこそ歩き通せる

出雲北山
出雲北山最高地点となる鼻高山の頂上

 けれども単独行を繰り返すようになった理由は何よりも、中途半端に長いコースは一人のほうが確実に時間内に歩き通すことができると考えたからだった。中国地方には山中に宿泊するほどでもなく、かといって1日で歩くとしたらそれなりのスピードを要求されるという、微妙な行程の縦走コースが点在している。単独行ならではの危険というのもあるのだが、目標のルートが自分の力量の範囲内であるならば、その手のコースには、一人で向かうのが最も効率的に思えるのだ。
 今回のコースも急斜面はあるものの普通の登山道の範疇であり、ロングコースとはいっても走らなければならないほどではない。景色を楽しみつつ、ある程度のペースで慎重に歩き通せば良いだけだ。
 そういう訳で、一人歩き通した出雲北山縦走路は、なかなか変化に富んだ山歩きを楽しませてくれた。
 じゅうたんのように落ち葉が敷きつめられた尾根道を、木立の途切れたところで右手に日本海、左手に出雲平野を見ながら歩き続けるのは爽快だった。大きく開けた旅伏山、展望良い北山最高峰の鼻高山、出雲大社を見下ろす弥山……他にも尾根上にはいくつもの頂上があり、それを越えて歩いた。また古い道の名残りが見られるそれぞれの峠では、かつての人々の歩みが感じられて興味深さを覚えた。

導かれるように出雲大社に

出雲北山
鼻高山頂上から南側の展望。出雲平野とそれを貫く斐伊川を望む

 そして下りきると、道は導かれるように出雲大社の境内へと続いていく。この日はちょうど旧暦10月にあたる日で、全国の神様がこの地に集結しているのだとか。なぜか若い女性が目立つ参拝客に交じって、私も拝殿に向かい拍手を打ち鳴らした。
 独特の景観を持ち、古代からつながる歴史の流れを感じ取ることのできるこのコースが、もし都市部に近い位置にあったとしたら、歩く人の絶えない第一級の人気ハイキングコースとなったことは間違いないだろう。今回は山中では誰一人とも出会うことなく、この山々の魅力を独り占めして歩き通したのだった。
 歩くのに要した時間は7時間あまり。決して急いだ訳でもなく、思ったより大したことはなかったかな?
 それでも最近はこのような山行を繰り返すうちに、効率優先という考えだけではなく、単独で歩く山登りの面白さというのが徐々に解ってきたようにも感じる。かつては敬遠した一人で過ごす山の夜も、今ならばすんなりと楽しむことができるかも知れない。

DATA

参考タイム◎旅伏山登山口(1時間)旅伏山(1時間)伊努谷峠(1時間)鼻高山(1時間)遥堪峠(1時間)鈴谷峠(1時間)弥山(1時間)弥山登山口(20分)出雲大社
公共交通◎一畑電鉄北松江線旅伏駅より徒歩15分で康国寺横の旅伏山登山口。
マイカー◎山陰自動車道斐川ICより国道9号線方面に向かい、平田市内を通る県道275号から県道250号を鰐淵寺方面に進んで、途中左手の康国寺を示す標識より水田を通る細い道に入る。康国寺東側の護岸された川沿いの道を進めば旅伏山登山口。駐車場(15台程度)もある。帰りは出雲大社前駅から、一畑電鉄を利用して旅伏駅まで行き、徒歩で駐車場に戻る(15分)。
2万5千分の1地形図◎平田、出雲今市、大社、日御碕
問い合わせ◎出雲市役所観光政策課●0853-21-6588、一畑電気鉄道(株)●0852-26-1319
アドバイス◎この山域はダニが多いことで知られ、またツツガムシ病の発症事例もあるので、虫の活動が活発な時期(5月~10月上旬頃)の立ち入りは避けるのが無難。また縦走途中で下山する場合は、通過する峠から南に続いている道を下るとよい。国道431号を渡った先には、一畑電鉄が走っているので便利。

※山行日は2010年11月8日、DATA等は2011年7月時点のものであり、現在は状況が大きく変わっています。
 出向く際には、必ず最新情報を事前にご確認ください。