登山界のキーパーソン47人が語る山への思い。
日本の登山が低調だった頃
今回紹介するこの『岳人備忘録 登山界47人の「山」』という本は、雑誌『岳人』に連載された「30の質問」と、「備忘録――語り残しておきたいことども」という記事の2つをまとめたもの。総ページ数が495ページにも及ぶ、ボリューム感たっぷりの一冊です。
「30の質問」は2005年から2006年にかけての連載で、当時最先端で活躍していた若手クライマーや、登山界のキーパーソンとされる人々に、30の質問をぶつけてそれぞれの思想や、ライフスタイルなどを聞き出したもの。
いっぽうの「備忘録」は2008年から2009年にかけての連載で、日本の登山界が非常に勢いを持っていた1980年代以前を知る登山家や山岳関係者にインタビューをし、後の世代に伝えておくべき事柄を記したものです。
比較的最近から登山を始めた方には意外に思われるかもしれませんが、この2つの記事が掲載された2000年代の後半は、国内の登山が低調だった時期でした。どこの山に行っても若い人の姿は少なく、登っているのは中高年ばかり。現在は山の魅力が多くの人に知られるようになって、20代や30代の登山者もずいぶん増えましたが、当時はそのまま登山が先細りになって、登る人がほとんどいなくなるのではないかと、心配していた人は少なくありませんでした。
そういう危機感があった時期に、日本の登山界を牽引してきた人たちの、本心ともいえる言葉を記したこの連載はとても重要なものに思えました。『岳人』の愛読者であった私は、毎号入手するたびに「30の質問」、そして「備忘録」をじっくりと読み、これからの登山がどのような方向に進むのかと、あれこれ考えを巡らせたものです。
昔の思い出だけではない貴重な言葉
この本で取り上げられている山岳関係者は、全部で47名。「30の質問」のほうには30代のクライマーもいますが、「備忘録」は50代から80代の方々で、平均年齢は60歳くらいでしょうか。
そういった人へのインタビューというと、昔話ばかりでは? と思われるかもしれませんが、いずれもが長い期間に渡ってどっぷりと山につかって生きてきた、個性豊かで明確な主張を持つ方々です。実践してきた登山を語る言葉は力強く、まるで今の私たちに、登ることの意味を問いかけてくるかのようです。
さらに多くの方が、登山界への提言、苦言を口にされています。ガイド登山のメリット・デメリットや、山岳遭難のの問題点など、それらは約10年が経過した今の視点で見ても考えさせられることの多い、貴重なアドバイスだと言えるでしょう。
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この本の編著者は、当時の『岳人』編集部員だった山本修二。他にも多くの魅力的な記事を担当していた方で、私は以前から注目していました。
その山本氏と初めて会ったのは、この『岳人備忘録』が本として仕上がったばかりの、2010年11月のこと。出版を記念するパーティが行われた、その会場でした。当時の私は、まだ経験の浅い登山ガイドだったのですが、このパーティへ出席することを勧めてくれた人がいて、恐る恐る会場に出向いたのでした。
そしてこのパーティで山本氏とお話しする時間があり、自分も『岳人』に記事を書きたいと伝えたところ、何とその場で了承していただけました。その直後に書いたものが、私が手がけた最初の山岳雑誌の記事となり、それが評価されて、間もなく『山と溪谷』にも執筆することになったのです。
私にとってこの『岳人備忘録』は、愛読書であるというだけでなく、山の雑誌に文章を書くきっかけを作ってくれた、とても思い出に残る本でもあるのです。
(『週刊ヤマケイ』2018年8月30日配信号に掲載)